東日本大震災復興支援ネットワークを設立致しました

この度の震災の犠牲者の皆様のご冥福を深くお祈り致しますとととに、被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

福島県は原発被害さらには風評被害が重なり,復旧・復興はさらに厳しい過程を踏むことが予想されます。県や市町村も過酷な取り組みを強いられています。私たちも地域社会や地域経済を再構築していくための市民レベルの支援活動などが必要と考え、「東日本大震災復興支援ネットワーク in ふくしま」を立ち上げたいと考えています。多くの皆さんの賛同が得られれば,遅くない時期に具体的な組織として設立できればと思います。さらにまた,復興にためのシナリオを県内に限らず,広範な方々とともに意見交換するためのブログをこのように立ち上げました。ぜひ,ご理解とご協力をお願いいたします。

 

鈴木 浩(福島大学名誉教授)

鈴木和隆(いわきNPO支援センター)

丹波史紀(福島大学)

この度の震災の犠牲者の皆様のご冥福を深くお祈り致しますとととに、被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

福島県は原発被害さらには風評被害が重なり,復旧・復興はさらに厳しい過程を踏むことが予想されます。県や市町村も過酷な取り組みを強いられています。私たちも地域社会や地域経済を再構築していくための市民レベルの支援活動などが必要と考え、「東日本大震災復興支援ネットワーク in ふくしま」を立ち上げたいと考えています。多くの皆さんの賛同が得られれば,遅くない時期に具体的な組織として設立できればと思います。さらにまた,復興にためのシナリオを県内に限らず,広範な方々とともに意見交換するためのブログをこのように立ち上げました。ぜひ,ご理解とご協力をお願いいたします。

 

鈴木 浩(福島大学名誉教授)

鈴木和隆(いわきNPO支援センター)

丹波史紀(福島大学)

この度の震災の犠牲者の皆様のご冥福を深くお祈り致しますとととに、被災者の皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

福島県は原発被害さらには風評被害が重なり,復旧・復興はさらに厳しい過程を踏むことが予想されます。県や市町村も過酷な取り組みを強いられています。私たちも地域社会や地域経済を再構築していくための市民レベルの支援活動などが必要と考え、「東日本大震災復興支援ネットワーク in ふくしま」を立ち上げたいと考えています。多くの皆さんの賛同が得られれば,遅くない時期に具体的な組織として設立できればと思います。さらにまた,復興にためのシナリオを県内に限らず,広範な方々とともに意見交換するためのブログをこのように立ち上げました。ぜひ,ご理解とご協力をお願いいたします。

 

鈴木 浩(福島大学名誉教授)

鈴木和隆(いわきNPO支援センター)

丹波史紀(福島大学)

シナリオ作成のための編集委員会の立ち上げについて

 

本日,5月25日に東日本大震災復興支援ネットワーク内に「東日本大震災復興のシナリオ」のより活発な議論,活用のために編集委員会を立ち上げました.

 

編集委員会の立ち上げについて

シナリオ作成のための編集委員会の立ち上げについて

 

本日,5月25日に東日本大震災復興支援ネットワーク内に「東日本大震災復興のシナリオ」のより活発な議論,活用のために編集委員会を立ち上げました.

 

編集委員会の立ち上げについて

2011年

8月

09日

「強く優しい男の子。優しく強い女の子」

以下,東京新聞8/8付けの電子版に掲載されていた記事。この中に出てくる小学校5年生の女の子は,今野順夫さんの親戚のお子さん。4月に直接,校長先生からお話を聞いた時にも,心のしなやかさに強い衝撃を受けた(鈴木浩)。

   *              *              *

<強く優しい男の子。優しく強い女の子>。宮城県女川町の女川第一小学校の星圭校長が、『泣いた赤鬼』で知られる童話作家浜田広介の言葉を思い出したのは、ある女児の一言がきっかけだ▼津波で八百人超の犠牲者を出し、建物の七割近くが全壊した女川町は、県内で最も早く学校を再開した。「子どものケアは、子ども同士のふれあいに勝るものはない。子どもが元気にならなければ、大人も元気にならない」という考えからだ▼最初の朝礼で何を話せばいいのか。悩んだ星校長は、校木のヒマラヤスギと向き合った。校門近くまで津波は押し寄せたが、巨木はどっしりと構えていた▼なぜ、木は倒れなかったのだろう。そうだ。子どもたちに理由を考えてもらおう…。校長が朝礼で質問すると、男児から「根っこがしっかり張っているから倒れなかった」と予想していた答えが返ってきた▼母と姉、祖母の行方がまだ分からなかった五年生の女児にも同じ質問をした。数十秒の沈黙の後、答えが返ってきた。「何千人もの卒業生や多くの人たちに優しく、温かいまなざしで見つめられてきたから、負けなかったんだと思います」▼優しいから強いという発想に、校長は感動し、言葉がなかったという。被災地がこの震災で受けた打撃は計り知れないが、優しさと強さを併せ持つ若者がいれば、東北の復興は見えてくる。

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2011年

7月

27日

持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム

7月26日パシフィコ横浜で「東日本大震災の教訓~RIO+20につなぐアジア太平洋からの新たな視点」をテーマにした国際会議で、福島からの報告を求められて出席してきました。冒頭の基調講演をした元ドイツ連邦環境・自然保護・原子力安全相(現在、持続性高等研究所所長)のKlaus Topfer 氏に会議の前にお会いし、ドイツにおける脱原発と再生可能エネルギーの導入についての政策展開などについて今後情報交換をさせていただきたいと頼んできました。私のセッションでは、バングラディッシュ、スリランカ、ニュージーランド、タイなどの代表の方々が多かったが、それぞれに世界的な活動を展開している方々ばかりでした。そして災害からの復興をいかにコミュニティ・ベースドで行うかが共通の視点でした。しかし、コミュ二ティそのものの存続が不可能になった福島原発被災エリアではそもそもコミュニティの再生が可能なのかという原点に立ち戻っている。それに対して、専門家や自治体、国などがどんな協働の場を築けるか、すぐにでも取り組むべき課題ではないかと考えさせられました(鈴木浩)。

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2011年

7月

06日

福島県復興ビジョンの提言(最終案)

福島県復興ビジョン検討委員会の最終案がようやくまとまりました。

7/8までにはこのブログで成案を提示するようにします。
7/8には知事に手渡します。その後、およそ20日間のパブコメにかけ
た後に、県の「復興ビジョン」として確定します。さらにそれを受けた

形で「復興計画」を今年中にまとめますが、大きな課題は昨年スタート

させた「総合計画」の基本的な項目の修正作業です(総合計画では原発
と共生と謳っていました)。
この間に、皆さんからたくさんの激励をいただきましたことに深く御礼
申し上げます。
ただ、ご承知のように、福島ではまだ放射線量の拡散が続いており、特
に小さなお子さんを持つ親たちにとっては不安が拡大しています。
正確な放射線量の把握と徹底的な情報公開そして除染活動の飛躍的な展

開を進めるように政府や東電に働きかけていく必要がありますので皆さ

んの引き続くご支援をお願いします。もちろん長期化する避難所や仮設

住宅の過酷な生活をどう人間らしいQoLに近づけるかの課題もまだまだ

続きます(鈴木浩)。

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2011年

6月

15日

第5回福島県復興ビジョン検討委員会

6月15日,第5回復興ビジョン検討委員会において,復興に当っての基本理念(基本方針)が確認された。基本理念は次の3項目である。

 

○「原子力に依存しない,安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」

・今回の災害で最も深刻な被害を受けたふくしまの地においては、「脱原発」という考え方の下、原子力への依存から脱却し、再生可能エネルギーの飛躍的な推進を図るとともに、省エネルギーやリサイクルなどを強力に推進し、環境との共生を図る。

・同時に、多様なエネルギーの組み合わせ等により地域でエネルギー自立を図る多極分散型のモデルや、再生可能エネルギー関連産業などの集積により環境との共生と経済的な活力が両立するモデルを世界に先駆けて提示していく。

・さらに、効率性のみを偏重することなく、交通基盤、情報通信基盤等のハード・ソフトの両面において様々な手段を確保し、万一の際に対応できる、安全で安心な社会を構築する。

・原子力災害を克服し、さらに、子どもから高齢者まですべての県民が安全で安心に暮らすことができる社会をめざす。

 

○「ふくしまを愛し,心を寄せるすべての人びとの力を結集した復興」

・全県が今回の大震災を自らのものとして受け止め、特に被害が大きかった浜通りを中通りや会津が支えていくなどして、「ふくしま」全体で復興を進める。

・県民、企業、民間団体、市町村、県など、県内のあらゆる主体が力を合わせて、県民が希望と意欲を持てる「新生ふくしま」に向けて復興の取組みを進める。

・国内外でふくしまを愛し、ふくしまに心を寄せるすべての人々の力を結集して本県の復興を進める。

・復興の主体はあくまで地域であり、本県の復興は、本県が、そしてそれぞれの地域が主体となって行う。

 

○「誇りあるふるさと再生の実現」

・今回の大震災では、改めて人と人との助け合いの大切さが再認識された。ふくしまの宝である地域のきずなを世界に通ずる価値として守り、育て、そして世界に発信していく。

・避難を余儀なくされた県民がふるさとに戻ることができた日にふくしまの復興が達成されるという思いを県民すべてが共有しながら復興を進める。

・ふるさと帰還の取組みを行う中で、地域のきずながさらに一層高められたコミュニティづくりを進める。

・そして、ふくしまの未来を担う子どもたちが本県に対する誇りを持てるようなふくしまの再生を図る。

 

 この基本理念のほかに「主要施策」も検討されたが,次回に最終的な案文を確認することになった。もちろん,日本に,世界に発信することも重要であるが,福島県民の理解を得ていくことがさらに重要であると思う(鈴木浩)。

 

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2011年

6月

13日

県外避難者の支援体制を早急に

東日本大震災で県外避難者した人の8割は福島県民で、その数は約3万6000人、児童・生徒は1万人にのぼる。

こうした人たちの多くは、警戒区域など30キロ圏内の人だけでなく、中通りなどの人もたくさんいる。

先日東京で県外に避難されている若いお母さんたちから話を聞いた。

30キロ圏という同心円の区域設定は、原発の危険性を考慮したもので、放射能の汚染濃度とは一致していない。飯舘村や川俣町など計画的避難区域などは年間20ミリシーベルトという暫定基準値を超えるとして区域設定されたが、文科省は当初大人も子どもの同じ基準にしていたことが、お母さんたちの不安をさらに高める結果となっている。

若いお母さんたちの多くは、子どもは大人よりも数倍放射能の影響を受けやすいことから、比較的放射能汚染が高い中通りから、「自主的に」避難してきた。しかし30キロという区域設定があるために、様々な被災者支援の制度に該当しない場合も多い。そうしたお母さんたちの多くは、せめて同じ福島県民として圏内外で差別せず、同じように扱ってほしいと願っている。

 

もう一つ問題なのは、そうした人たちの多くが「二重生活」を強いられていることだ。子どもとお母さんは県外にいるが、お父さんは福島に残り仕事をし、週末だけ高速バスなどで家族のもとにやってくる。そのため「二重生活」を強いられ、生活費が余分にかかる。いまは避難所でのくらしであるため災害救助法で食費等の負担はないが、入居期限が設定されているところでは、またホテル・旅館を転々とするか、公営住宅に入るかの選択をしなければならない。公営住宅に入った方が生活は落ち着くが、「二重生活」をしているため、県外での生活費が余分にかかり手立てを失っており、やむなくホテル・旅館を希望するものも少なくない。

 

災害救助法第31条には、「第三十一条  厚生労働大臣は、都道府県知事が行う救助につき、他の都道府県知事に対して、応援をなすべきことを指示することができる。」とあるが、これを発令すれば、県外避難者も避難先の自治体で市民と同様のサービスを受けることができる。ぜひ早急に福島県は厚労大臣に発動を求めるべきではないだろうか。

 

さらに県外避難者が「孤立」しないことが大事である。その点では「被災者台帳」を早急に作成し、ひとつひとつの家族がバラバラにならず、つながりを失わないようにしないといけない。そのために、各都道府県に一か所以上、「県外避難者相談支援センター」のようなものを設置すべきであると思う。

そうした枠組みを作らないと、県外避難者は帰るための条件を失ってしまう。

 

    丹波史紀(福島大学災害復興研究所)

 

 

 

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2011年

6月

12日

県内立地を狙う-汚染がれき最終処分場

マスコミによると6月9日(木)、環境省・南川事務次官が福島県庁で知事と面会し、第1原発で放射性物質に汚染された可能性のあるガレキの処理について、、焼却灰などを埋め立てる最終処分場を県内に建設する考えを伝えたという。「県外にお願いするのは考えにくい」という。福島県内だと考えやすいということか!こういう筋書きは決して想定外ではない。原発事故の周辺部を国有化してはどうかというような議論もあるが、これには上記のような企てが潜んでいると感じていたので、簡単には乗れない。一方で汚染水は、フランスのアルバ社が受注に向けて動いている。東京電力の方針が出される前に、国が事前折衝にくるというのも何とも奇妙な構図だ。原発被害地域の人々が、本当に辛い、苦しい避難生活をしながらも、展望を見失いそうになりながら、いつかふるさとに帰りたいと思って歯を食いしばって、頑張っている。清浄な空気と水と緑のふるさと再生を願って自治体も立ち上がろうとしている。そういう心情や辛い現状をどう考えているのだろうか。環境省も、辛い決断だ、とでも言いそうである。

ただ問題は、福島県内に建設する以外には考えにくいのではないか、という世論操 作が行われていく可能性が大きいことである。ぜひ皆さんのご理解とご支援をお願いしたい。
何よりも人間の生活を原点に据えること、ふるさとを守ること、これが復興の大原則である{鈴木浩)。

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2011年

6月

12日

復興の人的リソース

 昨日6月11日、福島大学震災復興研究所主催で、震災3カ月を期して、シンポジウムを開催した。学内外、県内外から、200名近くの参加者があり、関心の高さを示していた。

 福島県外から県内の避難所に支援に来ていただいている人が、福島県の来年度、教員採用がゼロだということで、同じボランティア学生から、大きな嘆きを聞いた。県外に小中学生が転出していることが理由だが、他県の費用で採用し、福島県に派遣し、福島県に小中学生が戻る時期に、福島県で採用してはどうかとの話であった。

 文科省が、この震災で、被災県に教員定数の加配をしており、岩手県134人、宮城県216人となっているが、福島県については、「福島県においては、児童生徒の県内での転出入や県外への転出が多数あり、それに応じた教育活動再開後の学級数に基づく教職員定数を見極めた上で、国に追加の加配定数を要望することとしており、具体的な要望数が示され次第、速やかに追加の加配措置を行う予定。」としている。

 加配が必要な理由として。「1.校舎等学校施設の損壊が激しく、当該学校の児童生徒が複数の施設に分散しており、教師による手厚い巡回指導等が必要であること。2.家族や住居を失い、厳しい家庭環境に置かれている児童生徒が相当数就学しており、家族(親族)や福祉施設などの関係行政機関との連携・相談・確認等の業務が必要であること。3.今回の被災により、心身の健康の回復のための特別の指導を必要とする児童生徒が相当数就学しており、また学習の遅れを取り戻すために個別の指導が必要であること」を示しているが、福島県からは具体的な加配の要望がないらしい(?)。

 確かに、生徒数から割り出した計算では、教員が過剰と云うことかもしれないが、教育現場からは、教員の加重された労働の悲鳴の声が聞こえてくる。教員志望の学生は、他県の採用試験に向かっている。生徒も教師も減り、県人口の減少の大きさははかりしがたい。

 復興は、ハードな面だけでなく、それを担う人の問題が大きい。復興計画に、そうした観点も大切ではないかと、痛感している。(今野順夫)

 

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2011年

6月

09日

第4回福島県復興ビジョン検討委員会

本日6月9日,第4回福島県復興ビジョン検討委員会が開催されました。懸案であった「脱原発」を基本理念の冒頭に位置づけることでほぼ合意ができました。私なりには,「脱原発三原則」(つくらず,つくらせず,うごかさず)なども頭の中では準備していましたし,議論の過程でそういう考え方でもいいのではないかとも述べました。しかし,これだけの過酷被害を受けた福島県が「脱原発」のスローガンを発信できなければ,県民の信頼や期待はもちろん,世界からも信頼を得られない,などの意見が相次ぎ,この方針は何とか,見通しがつきました。また,これまでの「復興」に関わる議論において抜けおちてきた緊急的な対応についても「応急的復旧や生活再建支援」あるいは遠隔地に離れている「市町村の復興支援」などを盛り込むこともできました。再生可能エネルギーへの転回,雇用創出,子供たちの未来を託せる教育,などを主要施策として議論し,次回までに素案としてまとめることになりました。

それにしても,今回の議論では,2002年12月に発行された福島県エネルギー政策検討会「中間取りまとめ“あなたはどう考えますか?~日本のエネルギー政策~”」において「電源立地地域の将来について」,①発電所の立地は,電源立地地域の将来にわたる振興に寄与できるのか。発電所への依存度が高いモノカルチャー的な経済から自立することが求められているのではないか,②廃炉を見据えた地域の将来を考える時期にあるのではないか,という識見が示されていたことは大きな支えになっています。私自身が,この検討委員会で,ある意味で初心を貫けたのは,このような過去の貴重な議論の積み重ねや多くの皆さんのご意見や励ましがあったからです。引き続き,県民や国民そして関心のある世界中の人びとの大きなうねりの中で,今後の展開を見守っていっていただきたいと思います(鈴木浩)

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2011年

6月

01日

福島県復興ビジョン検討委員会

原発に対する姿勢「ビジョンに盛る」

2011年05月30日

 

 ●県復興・検討委

 震災からの立ち直りと復興を話し合う県復興ビジョン検討委員会が29日開かれ、座長の鈴木浩・福島大名誉教授は、重大事故を起こした原子力発電所に対する姿勢をビジョンに盛り込む方針を示した。7月の取りまとめに向け、「脱原発」と明確に打ち出すかどうかが焦点になる。

 鈴木氏は冒頭、原発について「これからどう向き合うのかを示さないと先に進めない。これが復興ビジョンの基本スタンスになる。重くて苦しい課題だが、腹を据えて考えないといけない」と述べた。

 各委員からは「世界のフクシマとなっている今だからこそ、海外へ『脱原発』と打ち出すチャンスだ」(安部義孝・アクアマリンふくしま館長)など、原発を推進、容認してきた姿勢の転換を求める意見が圧倒的だった。基本方針には、県が太陽光や風力、地熱など再生可能エネルギーを進める考えが明示される見通しだ。

 ただ、「脱原発」と明記するかどうかは温度差がある。懸念されるのは、福島原発に代わる雇用の受け皿だ。県によると、同原発には1万人が働いていたとされる。経済界を代表する立場の福井邦顕・日本全薬工業会長は「危ないから全部出て行ってくれというのは現実問題として抵抗がある。福島は自然エネルギーの最先端をいくという姿勢で臨みたい」と説明した。

 鈴木氏から意見を求められた佐藤雄平知事は「原発は家族を含め3万人を支えてきた。そこをカバーできる経済の仕組みをどうつくるか難題だ」と述べた。

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5/29の「復興ビジョン検討委員会」の 新聞記事です(鈴木浩)

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2011年

5月

31日

原発汚染水の処理

G8での首相の立ち位置やそれ以前のフランス大統領とアルバ社の社長などの訪日に疑問を感じていた。その根底にあると感じていた同じ問題意識を友人のブログでも以下のように表明されていた。

「フランスのアルバ社に放射性物質で汚染された東電福島第一原発の20万トンの水処理を『頼んだ』という情報があるが1トン1億円、20万トンなら20兆円となるわけで、それを税金でやるなんて国民は許さない。
それの10分の1位で日本企業が放射能汚染水処理技術を開発、確立すべきだし、日本の技術力をもってすれば可能であろう。」

やはり,東日本大震災の復興プロセスにおける政治や経済における「正義」をきちんと問い質していかなければ!上記のような問題を国民的な議論にしていく必要があると思っている(鈴木浩)

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2011年

5月

30日

東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター発足

5/29,400人の参加を得て,「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」が発足した。神戸大学・塩崎賢明さんが「東日本大震災のよりよき復興のために」と題して記念講演をしている。私はこの間,今回の震災の大きな特徴として①震災自体の特別な特徴(広範な範囲,地震・津波・原発などの複合性など)とともに,②経済的低迷,政治的混迷,社会的不安というわが国の特別な状況の中で発生していること,したがって,これらの深刻な状況をも切り拓く復興過程を辿るのか,さらに混迷を深めるような状況の中での困難な復興過程を辿るのかの大きな分岐店に立っていると言ってきました。よりよい復興のためには,やはり住民の側からの運動と行政とのいい意味での緊張関係が復興過程をより豊かなものにしていくと確信しています。福島でも,そして岩手でも,このような市民運動が広がり,そして東北が連帯しながら復興に向けての声を束ねていければと期待しています(鈴木浩)

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2011年

5月

30日

第3回福島県復興ビジョン検討委員会

5/29,第三回福島県復興ビジョン検討委員会が開催された。私も冒頭に①原発に対するスタンスを明確にしないと前にも後ろにも進めないこと,②復興ビジョンであるが,復興に辿り着く前の避難生活やその段階での生業や仕事確保,健康維持などについての対応が復興過程での県民のエネルギーに繋がること,などを提起した。まだ避難所生活や仮設住宅生活を強いられている方々,被害を受けた方々,放射線災害で不安を抱いている方々,そして県内の各自治体や商工農団体,可能な限り多くの皆さんの意見を反映した復興ビジョンの作成に関わって行きたいと思う(鈴木浩)。

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2011年

5月

14日

福島県復興ビジョン検討委員会

5月13日,第一回福島県復興ビジョン検討委員会が開催された。11名の委員で構成されている。第一回であり,予め委員から寄せられた復興ビジョンの理念や主要な施策などについて,一人ひとりが発言し,意見交換した。皆さんの発言で印象的なのは,やはり「脱原発」,「自然エネルギー」,「クリーンエネルギー」などへの志向である。私は,今回の震災において,復旧復興過程の初動期とも言うべき緊急避難生活が長期化する恐れがあり,この時期の対応に目を向けることが大事であることを特に提起した。そして復興は,人々の生活や地域社会の再構築,そして地域経済の再生が基本であることを発言した。7月中には「復興ビジョン」を決定し,今年中には「復興計画」決定というスケジュールである。福島県の抱える問題に適切に対応できるビジョンの策定ができればと思う

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2011年

5月

06日

ワンパック相談会

相談の多くは原発・放射線問題
相談の多くは原発・放射線問題

2011/5/3

 神戸大・塩崎賢明さんと弁護士の斎藤浩さんが代表の阪神・淡路大震災の復興に携わった経験のある専門家集団が、5月3日、福島市内のあずま運動公園体育館の避難所で「ワンパック相談会」を実施しました。広原盛明さん、間野博さん、平山洋介さん、杉原五郎さん、野崎隆一さんなどの建築関係者の他に、弁護士、京都大・原子炉実験所の教授など、多彩な面々。そして、福島大学の同僚だった佐藤岩夫さん(現東大社会科学研究所教授)も同行していて久しぶりの再会。この避難所には、原発事故の地域からの避難者が多いこともあって、相談の多くは原発や放射線汚染についてだったようだ。こういう連携がこれからも続けていけたらと思う。

 

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2011年

5月

01日

女川を空から

水没する中心市街地(画面をクリックすると拡大)
水没する中心市街地(画面をクリックすると拡大)

2011/5/1 第1回女川町復興計画策定委員会

第1回ということで、女川の津波被害を空から視察した。この写真は女川の中心市街地、港町の景観である。地盤が1.5m程沈下しているので、満潮時間に撮った港近辺は水没している。委員会では、漁業と観光の町・女川の復興のためには水没した市街地の嵩上げが大きな課題であるとの提起があったが、今後議論していくことになる(市街地の残骸跡を回ると、鉄筋コンクリートの建物がそのままの形を残しながら、横倒しになっていて基礎の底盤がそのまま壁のようになっている姿をいくつか見た。宮城県沖自身や阪神大震災を見て回ったときには体験しなかった光景である)。

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2011年

4月

26日

復興支援活動の地域的偏在?

2011/4/26 都市計画学会の座談会が東北大学であり参加してきました。

北原さん(弘前大)、南さん(岩手大)、山口さん(秋田県立大)、姥浦さん(東北大)、奥村さん(東北大)、増田さん(東北大)、鈴木さん(宮城大)、相羽さん(山形芸工大)、鈴木(福島大)、そして司会の宮田さん、の10名でした。

 都市計画学会誌の特集号を飾る座談会とのこと、色々な論点が出されて面白い座談会でした。しかし、特集号の目次などをみて疑問になったのは、やはり原発災害との関連の課題に対する視点が弱いことでした。都市計画の専門分野からは難しい課題なので、というコメントがありましたが、そういう問題の立て方では、今回の東日本大震災の本質的な課題に肉薄できません。原発災害が典型ですが、今回の特徴は復旧・復興に大変な時間を要すること、避難所生活を強いられている人々や仮事務所で対応をしている自治体機能のあり方など、極めて困難であるけれども厳然たる課題が突きつけれているのです。ぜひ、多くの都市計画や建築の専門家の方々が、原発災害地域の課題についても、取り組んでほしいと願っています。

 多くの都市計画専門家や建築家などが、支援活動を活発に繰り広げるようになってきています。その多くが岩手、宮城になっていると感じるのは、ひがみでしょうか?私たち福島大学や福島県・県下の市町村などの取り組みやアピールを積極的に進めていかなければならないでしょうし、今後の展開を注意深く見ていくことにしましょう。

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2011年

4月

24日

復旧・復興に向けて

N様   2011/4/24

4/15にメールを頂いているのに、ご返事が遅れました。
いくつかの課題がはっきり見えてきました。
①復旧・復興の議論とともに、並行して進めなければならないのは避難生活の悲 

  惨な状況に対して、生活支援のシナリオをしっかりと持つことです。日々課題

  が変わってきているなかで困難を極めていますが、目がどうしても復旧・復興

  に向いています。プライバシーの問題、健康障害など二次災害を防止する対

  策、働きたいと思っている人たちに働く場所の開拓、仮設住宅への展望の相談

  など、さまざまです。
②これらの問題を含めて、直接、前面に立つべきなのは基礎自治体です。しか

  し、国や県の政策や対策が空中戦のように飛び交っていて、市町村の厳しい状

  況を緩和することになるどころか、翻弄されていて疲労感は増すばかりです。

  市町村役場の活動を支援するところにもっともっと目を向けるべきでしょう。
③津波地域における仮設住宅などでは、高所移転などが色々と提案されていま

  す。ども違うのではないかと違和感を感じ始めています。長い歴史の中で、幾

 度も被災しながら苦しみや悲しみを乗り越えて、町を築いてきたのです。津波

 被災地は、限られた平坦地を市街地として形成してきた歴史の重みがありま

 す。復興の考え方は、減災を中心とすべきで、緊急時の警報や避難システムの

 充実を図っていくべきではないか。人間が自然と向き合うということは、その

 豊かな恵みと向き合うことであるとともにその厳しさにも向き合うことです。

 悲しみや辛さを乗り越えるということは、それを消し去ることではないように

 思えてなりません。そして、高台移転かどうかは、最終的にそこで生活やなり

 わいを継続的に続けていく住民の方々こそが決定すべきではないかと思うので

 す。その意味では、究極の自己決定になるのではないかと思います。いま実際

 に家族や友人を亡くされた人たちには申し訳ないのですが、そういう視点か

 ら、復旧や復興のあり方を考えていきたいと思います。
④飯舘村には、私も長い間関わってきました。小学校をコミュニティの核にし
 ようと建て替えや大規模修繕のたびに、色々な提案をし、実現させてきまし

 た。しかし、今回、菅野村長の苦悩を見て、つくづくと考えさせられていま

 す。私たち、専門家たちの果たす役割についての現状の問題です。何が欠けて

 いるかといえば、彼、つまり政策判断の最終決定者が最終決断を下す際の確度

 の高い情報と判断材料です。ディシジョン・メイキングの場面で、彼は混乱さ

 せられているのです。多くの専門家や研究者がそれぞれに諸説を展開します
 が、それらを相対化し、意味づけをし、自治体の執行部がいよいよ決断を下す

 ときの有効な考え方を整理する役割を担ってくれる専門家たちが周りにいない

 のです。これは早急の対応を迫られる課題です。地元の大学として福島大学の

 災害復興研究所の組織はそのような観点が必要ではないかと伝えています。
⑤何とか、福島県では地元の大工・工務店が担う仮設住宅建設の枠組みを一部で

 すが実現しました。これから原発地域の住民をはじめ、その立地場所の選定を

 しなければいけませんが、これも難問です。働きたい人たちの雇用に結びつく

 ことやふるさととの位置関係を考慮しなければなりません。その双方が簡単に

 は結びつかないからです。
⑥これからいくつかの自治体の復興計画に関わっていきますが、いつも心配なの

 は、避難している人たちのことです。スカイプなどを使って、仮役場と避難所

 の人たちを結びつけることや、「ふるさと復興ニュース」の発行などをNPO

 の仲間と準備しています。
⑦福島県の特別な課題、原発問題は、状況の変化によっては半径2、300kmにも及

 びます(チェルノブイリがそうでした)。原発とどう向き合うか、国を挙げて

 も課題ですが、まあ地域問題に封じ込めることもありえます。注意しながら、

 福島県の会議に臨んでいこうと思っています。

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2011年

8月

09日

「強く優しい男の子。優しく強い女の子」

以下,東京新聞8/8付けの電子版に掲載されていた記事。この中に出てくる小学校5年生の女の子は,今野順夫さんの親戚のお子さん。4月に直接,校長先生からお話を聞いた時にも,心のしなやかさに強い衝撃を受けた(鈴木浩)。

   *              *              *

<強く優しい男の子。優しく強い女の子>。宮城県女川町の女川第一小学校の星圭校長が、『泣いた赤鬼』で知られる童話作家浜田広介の言葉を思い出したのは、ある女児の一言がきっかけだ▼津波で八百人超の犠牲者を出し、建物の七割近くが全壊した女川町は、県内で最も早く学校を再開した。「子どものケアは、子ども同士のふれあいに勝るものはない。子どもが元気にならなければ、大人も元気にならない」という考えからだ▼最初の朝礼で何を話せばいいのか。悩んだ星校長は、校木のヒマラヤスギと向き合った。校門近くまで津波は押し寄せたが、巨木はどっしりと構えていた▼なぜ、木は倒れなかったのだろう。そうだ。子どもたちに理由を考えてもらおう…。校長が朝礼で質問すると、男児から「根っこがしっかり張っているから倒れなかった」と予想していた答えが返ってきた▼母と姉、祖母の行方がまだ分からなかった五年生の女児にも同じ質問をした。数十秒の沈黙の後、答えが返ってきた。「何千人もの卒業生や多くの人たちに優しく、温かいまなざしで見つめられてきたから、負けなかったんだと思います」▼優しいから強いという発想に、校長は感動し、言葉がなかったという。被災地がこの震災で受けた打撃は計り知れないが、優しさと強さを併せ持つ若者がいれば、東北の復興は見えてくる。

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2011年

7月

27日

持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム

7月26日パシフィコ横浜で「東日本大震災の教訓~RIO+20につなぐアジア太平洋からの新たな視点」をテーマにした国際会議で、福島からの報告を求められて出席してきました。冒頭の基調講演をした元ドイツ連邦環境・自然保護・原子力安全相(現在、持続性高等研究所所長)のKlaus Topfer 氏に会議の前にお会いし、ドイツにおける脱原発と再生可能エネルギーの導入についての政策展開などについて今後情報交換をさせていただきたいと頼んできました。私のセッションでは、バングラディッシュ、スリランカ、ニュージーランド、タイなどの代表の方々が多かったが、それぞれに世界的な活動を展開している方々ばかりでした。そして災害からの復興をいかにコミュニティ・ベースドで行うかが共通の視点でした。しかし、コミュ二ティそのものの存続が不可能になった福島原発被災エリアではそもそもコミュニティの再生が可能なのかという原点に立ち戻っている。それに対して、専門家や自治体、国などがどんな協働の場を築けるか、すぐにでも取り組むべき課題ではないかと考えさせられました(鈴木浩)。

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2011年

7月

06日

福島県復興ビジョンの提言(最終案)

福島県復興ビジョン検討委員会の最終案がようやくまとまりました。

7/8までにはこのブログで成案を提示するようにします。
7/8には知事に手渡します。その後、およそ20日間のパブコメにかけ
た後に、県の「復興ビジョン」として確定します。さらにそれを受けた

形で「復興計画」を今年中にまとめますが、大きな課題は昨年スタート

させた「総合計画」の基本的な項目の修正作業です(総合計画では原発
と共生と謳っていました)。
この間に、皆さんからたくさんの激励をいただきましたことに深く御礼
申し上げます。
ただ、ご承知のように、福島ではまだ放射線量の拡散が続いており、特
に小さなお子さんを持つ親たちにとっては不安が拡大しています。
正確な放射線量の把握と徹底的な情報公開そして除染活動の飛躍的な展

開を進めるように政府や東電に働きかけていく必要がありますので皆さ

んの引き続くご支援をお願いします。もちろん長期化する避難所や仮設

住宅の過酷な生活をどう人間らしいQoLに近づけるかの課題もまだまだ

続きます(鈴木浩)。

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2011年

6月

15日

第5回福島県復興ビジョン検討委員会

6月15日,第5回復興ビジョン検討委員会において,復興に当っての基本理念(基本方針)が確認された。基本理念は次の3項目である。

 

○「原子力に依存しない,安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」

・今回の災害で最も深刻な被害を受けたふくしまの地においては、「脱原発」という考え方の下、原子力への依存から脱却し、再生可能エネルギーの飛躍的な推進を図るとともに、省エネルギーやリサイクルなどを強力に推進し、環境との共生を図る。

・同時に、多様なエネルギーの組み合わせ等により地域でエネルギー自立を図る多極分散型のモデルや、再生可能エネルギー関連産業などの集積により環境との共生と経済的な活力が両立するモデルを世界に先駆けて提示していく。

・さらに、効率性のみを偏重することなく、交通基盤、情報通信基盤等のハード・ソフトの両面において様々な手段を確保し、万一の際に対応できる、安全で安心な社会を構築する。

・原子力災害を克服し、さらに、子どもから高齢者まですべての県民が安全で安心に暮らすことができる社会をめざす。

 

○「ふくしまを愛し,心を寄せるすべての人びとの力を結集した復興」

・全県が今回の大震災を自らのものとして受け止め、特に被害が大きかった浜通りを中通りや会津が支えていくなどして、「ふくしま」全体で復興を進める。

・県民、企業、民間団体、市町村、県など、県内のあらゆる主体が力を合わせて、県民が希望と意欲を持てる「新生ふくしま」に向けて復興の取組みを進める。

・国内外でふくしまを愛し、ふくしまに心を寄せるすべての人々の力を結集して本県の復興を進める。

・復興の主体はあくまで地域であり、本県の復興は、本県が、そしてそれぞれの地域が主体となって行う。

 

○「誇りあるふるさと再生の実現」

・今回の大震災では、改めて人と人との助け合いの大切さが再認識された。ふくしまの宝である地域のきずなを世界に通ずる価値として守り、育て、そして世界に発信していく。

・避難を余儀なくされた県民がふるさとに戻ることができた日にふくしまの復興が達成されるという思いを県民すべてが共有しながら復興を進める。

・ふるさと帰還の取組みを行う中で、地域のきずながさらに一層高められたコミュニティづくりを進める。

・そして、ふくしまの未来を担う子どもたちが本県に対する誇りを持てるようなふくしまの再生を図る。

 

 この基本理念のほかに「主要施策」も検討されたが,次回に最終的な案文を確認することになった。もちろん,日本に,世界に発信することも重要であるが,福島県民の理解を得ていくことがさらに重要であると思う(鈴木浩)。

 

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2011年

6月

13日

県外避難者の支援体制を早急に

東日本大震災で県外避難者した人の8割は福島県民で、その数は約3万6000人、児童・生徒は1万人にのぼる。

こうした人たちの多くは、警戒区域など30キロ圏内の人だけでなく、中通りなどの人もたくさんいる。

先日東京で県外に避難されている若いお母さんたちから話を聞いた。

30キロ圏という同心円の区域設定は、原発の危険性を考慮したもので、放射能の汚染濃度とは一致していない。飯舘村や川俣町など計画的避難区域などは年間20ミリシーベルトという暫定基準値を超えるとして区域設定されたが、文科省は当初大人も子どもの同じ基準にしていたことが、お母さんたちの不安をさらに高める結果となっている。

若いお母さんたちの多くは、子どもは大人よりも数倍放射能の影響を受けやすいことから、比較的放射能汚染が高い中通りから、「自主的に」避難してきた。しかし30キロという区域設定があるために、様々な被災者支援の制度に該当しない場合も多い。そうしたお母さんたちの多くは、せめて同じ福島県民として圏内外で差別せず、同じように扱ってほしいと願っている。

 

もう一つ問題なのは、そうした人たちの多くが「二重生活」を強いられていることだ。子どもとお母さんは県外にいるが、お父さんは福島に残り仕事をし、週末だけ高速バスなどで家族のもとにやってくる。そのため「二重生活」を強いられ、生活費が余分にかかる。いまは避難所でのくらしであるため災害救助法で食費等の負担はないが、入居期限が設定されているところでは、またホテル・旅館を転々とするか、公営住宅に入るかの選択をしなければならない。公営住宅に入った方が生活は落ち着くが、「二重生活」をしているため、県外での生活費が余分にかかり手立てを失っており、やむなくホテル・旅館を希望するものも少なくない。

 

災害救助法第31条には、「第三十一条  厚生労働大臣は、都道府県知事が行う救助につき、他の都道府県知事に対して、応援をなすべきことを指示することができる。」とあるが、これを発令すれば、県外避難者も避難先の自治体で市民と同様のサービスを受けることができる。ぜひ早急に福島県は厚労大臣に発動を求めるべきではないだろうか。

 

さらに県外避難者が「孤立」しないことが大事である。その点では「被災者台帳」を早急に作成し、ひとつひとつの家族がバラバラにならず、つながりを失わないようにしないといけない。そのために、各都道府県に一か所以上、「県外避難者相談支援センター」のようなものを設置すべきであると思う。

そうした枠組みを作らないと、県外避難者は帰るための条件を失ってしまう。

 

    丹波史紀(福島大学災害復興研究所)

 

 

 

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2011年

6月

12日

県内立地を狙う-汚染がれき最終処分場

マスコミによると6月9日(木)、環境省・南川事務次官が福島県庁で知事と面会し、第1原発で放射性物質に汚染された可能性のあるガレキの処理について、、焼却灰などを埋め立てる最終処分場を県内に建設する考えを伝えたという。「県外にお願いするのは考えにくい」という。福島県内だと考えやすいということか!こういう筋書きは決して想定外ではない。原発事故の周辺部を国有化してはどうかというような議論もあるが、これには上記のような企てが潜んでいると感じていたので、簡単には乗れない。一方で汚染水は、フランスのアルバ社が受注に向けて動いている。東京電力の方針が出される前に、国が事前折衝にくるというのも何とも奇妙な構図だ。原発被害地域の人々が、本当に辛い、苦しい避難生活をしながらも、展望を見失いそうになりながら、いつかふるさとに帰りたいと思って歯を食いしばって、頑張っている。清浄な空気と水と緑のふるさと再生を願って自治体も立ち上がろうとしている。そういう心情や辛い現状をどう考えているのだろうか。環境省も、辛い決断だ、とでも言いそうである。

ただ問題は、福島県内に建設する以外には考えにくいのではないか、という世論操 作が行われていく可能性が大きいことである。ぜひ皆さんのご理解とご支援をお願いしたい。
何よりも人間の生活を原点に据えること、ふるさとを守ること、これが復興の大原則である{鈴木浩)。

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2011年

6月

12日

復興の人的リソース

 昨日6月11日、福島大学震災復興研究所主催で、震災3カ月を期して、シンポジウムを開催した。学内外、県内外から、200名近くの参加者があり、関心の高さを示していた。

 福島県外から県内の避難所に支援に来ていただいている人が、福島県の来年度、教員採用がゼロだということで、同じボランティア学生から、大きな嘆きを聞いた。県外に小中学生が転出していることが理由だが、他県の費用で採用し、福島県に派遣し、福島県に小中学生が戻る時期に、福島県で採用してはどうかとの話であった。

 文科省が、この震災で、被災県に教員定数の加配をしており、岩手県134人、宮城県216人となっているが、福島県については、「福島県においては、児童生徒の県内での転出入や県外への転出が多数あり、それに応じた教育活動再開後の学級数に基づく教職員定数を見極めた上で、国に追加の加配定数を要望することとしており、具体的な要望数が示され次第、速やかに追加の加配措置を行う予定。」としている。

 加配が必要な理由として。「1.校舎等学校施設の損壊が激しく、当該学校の児童生徒が複数の施設に分散しており、教師による手厚い巡回指導等が必要であること。2.家族や住居を失い、厳しい家庭環境に置かれている児童生徒が相当数就学しており、家族(親族)や福祉施設などの関係行政機関との連携・相談・確認等の業務が必要であること。3.今回の被災により、心身の健康の回復のための特別の指導を必要とする児童生徒が相当数就学しており、また学習の遅れを取り戻すために個別の指導が必要であること」を示しているが、福島県からは具体的な加配の要望がないらしい(?)。

 確かに、生徒数から割り出した計算では、教員が過剰と云うことかもしれないが、教育現場からは、教員の加重された労働の悲鳴の声が聞こえてくる。教員志望の学生は、他県の採用試験に向かっている。生徒も教師も減り、県人口の減少の大きさははかりしがたい。

 復興は、ハードな面だけでなく、それを担う人の問題が大きい。復興計画に、そうした観点も大切ではないかと、痛感している。(今野順夫)

 

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2011年

6月

09日

第4回福島県復興ビジョン検討委員会

本日6月9日,第4回福島県復興ビジョン検討委員会が開催されました。懸案であった「脱原発」を基本理念の冒頭に位置づけることでほぼ合意ができました。私なりには,「脱原発三原則」(つくらず,つくらせず,うごかさず)なども頭の中では準備していましたし,議論の過程でそういう考え方でもいいのではないかとも述べました。しかし,これだけの過酷被害を受けた福島県が「脱原発」のスローガンを発信できなければ,県民の信頼や期待はもちろん,世界からも信頼を得られない,などの意見が相次ぎ,この方針は何とか,見通しがつきました。また,これまでの「復興」に関わる議論において抜けおちてきた緊急的な対応についても「応急的復旧や生活再建支援」あるいは遠隔地に離れている「市町村の復興支援」などを盛り込むこともできました。再生可能エネルギーへの転回,雇用創出,子供たちの未来を託せる教育,などを主要施策として議論し,次回までに素案としてまとめることになりました。

それにしても,今回の議論では,2002年12月に発行された福島県エネルギー政策検討会「中間取りまとめ“あなたはどう考えますか?~日本のエネルギー政策~”」において「電源立地地域の将来について」,①発電所の立地は,電源立地地域の将来にわたる振興に寄与できるのか。発電所への依存度が高いモノカルチャー的な経済から自立することが求められているのではないか,②廃炉を見据えた地域の将来を考える時期にあるのではないか,という識見が示されていたことは大きな支えになっています。私自身が,この検討委員会で,ある意味で初心を貫けたのは,このような過去の貴重な議論の積み重ねや多くの皆さんのご意見や励ましがあったからです。引き続き,県民や国民そして関心のある世界中の人びとの大きなうねりの中で,今後の展開を見守っていっていただきたいと思います(鈴木浩)

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2011年

6月

01日

福島県復興ビジョン検討委員会

原発に対する姿勢「ビジョンに盛る」

2011年05月30日

 

 ●県復興・検討委

 震災からの立ち直りと復興を話し合う県復興ビジョン検討委員会が29日開かれ、座長の鈴木浩・福島大名誉教授は、重大事故を起こした原子力発電所に対する姿勢をビジョンに盛り込む方針を示した。7月の取りまとめに向け、「脱原発」と明確に打ち出すかどうかが焦点になる。

 鈴木氏は冒頭、原発について「これからどう向き合うのかを示さないと先に進めない。これが復興ビジョンの基本スタンスになる。重くて苦しい課題だが、腹を据えて考えないといけない」と述べた。

 各委員からは「世界のフクシマとなっている今だからこそ、海外へ『脱原発』と打ち出すチャンスだ」(安部義孝・アクアマリンふくしま館長)など、原発を推進、容認してきた姿勢の転換を求める意見が圧倒的だった。基本方針には、県が太陽光や風力、地熱など再生可能エネルギーを進める考えが明示される見通しだ。

 ただ、「脱原発」と明記するかどうかは温度差がある。懸念されるのは、福島原発に代わる雇用の受け皿だ。県によると、同原発には1万人が働いていたとされる。経済界を代表する立場の福井邦顕・日本全薬工業会長は「危ないから全部出て行ってくれというのは現実問題として抵抗がある。福島は自然エネルギーの最先端をいくという姿勢で臨みたい」と説明した。

 鈴木氏から意見を求められた佐藤雄平知事は「原発は家族を含め3万人を支えてきた。そこをカバーできる経済の仕組みをどうつくるか難題だ」と述べた。

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5/29の「復興ビジョン検討委員会」の 新聞記事です(鈴木浩)

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2011年

5月

31日

原発汚染水の処理

G8での首相の立ち位置やそれ以前のフランス大統領とアルバ社の社長などの訪日に疑問を感じていた。その根底にあると感じていた同じ問題意識を友人のブログでも以下のように表明されていた。

「フランスのアルバ社に放射性物質で汚染された東電福島第一原発の20万トンの水処理を『頼んだ』という情報があるが1トン1億円、20万トンなら20兆円となるわけで、それを税金でやるなんて国民は許さない。
それの10分の1位で日本企業が放射能汚染水処理技術を開発、確立すべきだし、日本の技術力をもってすれば可能であろう。」

やはり,東日本大震災の復興プロセスにおける政治や経済における「正義」をきちんと問い質していかなければ!上記のような問題を国民的な議論にしていく必要があると思っている(鈴木浩)

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2011年

5月

30日

東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター発足

5/29,400人の参加を得て,「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」が発足した。神戸大学・塩崎賢明さんが「東日本大震災のよりよき復興のために」と題して記念講演をしている。私はこの間,今回の震災の大きな特徴として①震災自体の特別な特徴(広範な範囲,地震・津波・原発などの複合性など)とともに,②経済的低迷,政治的混迷,社会的不安というわが国の特別な状況の中で発生していること,したがって,これらの深刻な状況をも切り拓く復興過程を辿るのか,さらに混迷を深めるような状況の中での困難な復興過程を辿るのかの大きな分岐店に立っていると言ってきました。よりよい復興のためには,やはり住民の側からの運動と行政とのいい意味での緊張関係が復興過程をより豊かなものにしていくと確信しています。福島でも,そして岩手でも,このような市民運動が広がり,そして東北が連帯しながら復興に向けての声を束ねていければと期待しています(鈴木浩)

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2011年

5月

30日

第3回福島県復興ビジョン検討委員会

5/29,第三回福島県復興ビジョン検討委員会が開催された。私も冒頭に①原発に対するスタンスを明確にしないと前にも後ろにも進めないこと,②復興ビジョンであるが,復興に辿り着く前の避難生活やその段階での生業や仕事確保,健康維持などについての対応が復興過程での県民のエネルギーに繋がること,などを提起した。まだ避難所生活や仮設住宅生活を強いられている方々,被害を受けた方々,放射線災害で不安を抱いている方々,そして県内の各自治体や商工農団体,可能な限り多くの皆さんの意見を反映した復興ビジョンの作成に関わって行きたいと思う(鈴木浩)。

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2011年

5月

14日

福島県復興ビジョン検討委員会

5月13日,第一回福島県復興ビジョン検討委員会が開催された。11名の委員で構成されている。第一回であり,予め委員から寄せられた復興ビジョンの理念や主要な施策などについて,一人ひとりが発言し,意見交換した。皆さんの発言で印象的なのは,やはり「脱原発」,「自然エネルギー」,「クリーンエネルギー」などへの志向である。私は,今回の震災において,復旧復興過程の初動期とも言うべき緊急避難生活が長期化する恐れがあり,この時期の対応に目を向けることが大事であることを特に提起した。そして復興は,人々の生活や地域社会の再構築,そして地域経済の再生が基本であることを発言した。7月中には「復興ビジョン」を決定し,今年中には「復興計画」決定というスケジュールである。福島県の抱える問題に適切に対応できるビジョンの策定ができればと思う

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2011年

5月

06日

ワンパック相談会

相談の多くは原発・放射線問題
相談の多くは原発・放射線問題

2011/5/3

 神戸大・塩崎賢明さんと弁護士の斎藤浩さんが代表の阪神・淡路大震災の復興に携わった経験のある専門家集団が、5月3日、福島市内のあずま運動公園体育館の避難所で「ワンパック相談会」を実施しました。広原盛明さん、間野博さん、平山洋介さん、杉原五郎さん、野崎隆一さんなどの建築関係者の他に、弁護士、京都大・原子炉実験所の教授など、多彩な面々。そして、福島大学の同僚だった佐藤岩夫さん(現東大社会科学研究所教授)も同行していて久しぶりの再会。この避難所には、原発事故の地域からの避難者が多いこともあって、相談の多くは原発や放射線汚染についてだったようだ。こういう連携がこれからも続けていけたらと思う。

 

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2011年

5月

01日

女川を空から

水没する中心市街地(画面をクリックすると拡大)
水没する中心市街地(画面をクリックすると拡大)

2011/5/1 第1回女川町復興計画策定委員会

第1回ということで、女川の津波被害を空から視察した。この写真は女川の中心市街地、港町の景観である。地盤が1.5m程沈下しているので、満潮時間に撮った港近辺は水没している。委員会では、漁業と観光の町・女川の復興のためには水没した市街地の嵩上げが大きな課題であるとの提起があったが、今後議論していくことになる(市街地の残骸跡を回ると、鉄筋コンクリートの建物がそのままの形を残しながら、横倒しになっていて基礎の底盤がそのまま壁のようになっている姿をいくつか見た。宮城県沖自身や阪神大震災を見て回ったときには体験しなかった光景である)。

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2011年

4月

26日

復興支援活動の地域的偏在?

2011/4/26 都市計画学会の座談会が東北大学であり参加してきました。

北原さん(弘前大)、南さん(岩手大)、山口さん(秋田県立大)、姥浦さん(東北大)、奥村さん(東北大)、増田さん(東北大)、鈴木さん(宮城大)、相羽さん(山形芸工大)、鈴木(福島大)、そして司会の宮田さん、の10名でした。

 都市計画学会誌の特集号を飾る座談会とのこと、色々な論点が出されて面白い座談会でした。しかし、特集号の目次などをみて疑問になったのは、やはり原発災害との関連の課題に対する視点が弱いことでした。都市計画の専門分野からは難しい課題なので、というコメントがありましたが、そういう問題の立て方では、今回の東日本大震災の本質的な課題に肉薄できません。原発災害が典型ですが、今回の特徴は復旧・復興に大変な時間を要すること、避難所生活を強いられている人々や仮事務所で対応をしている自治体機能のあり方など、極めて困難であるけれども厳然たる課題が突きつけれているのです。ぜひ、多くの都市計画や建築の専門家の方々が、原発災害地域の課題についても、取り組んでほしいと願っています。

 多くの都市計画専門家や建築家などが、支援活動を活発に繰り広げるようになってきています。その多くが岩手、宮城になっていると感じるのは、ひがみでしょうか?私たち福島大学や福島県・県下の市町村などの取り組みやアピールを積極的に進めていかなければならないでしょうし、今後の展開を注意深く見ていくことにしましょう。

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2011年

4月

24日

復旧・復興に向けて

N様   2011/4/24

4/15にメールを頂いているのに、ご返事が遅れました。
いくつかの課題がはっきり見えてきました。
①復旧・復興の議論とともに、並行して進めなければならないのは避難生活の悲 

  惨な状況に対して、生活支援のシナリオをしっかりと持つことです。日々課題

  が変わってきているなかで困難を極めていますが、目がどうしても復旧・復興

  に向いています。プライバシーの問題、健康障害など二次災害を防止する対

  策、働きたいと思っている人たちに働く場所の開拓、仮設住宅への展望の相談

  など、さまざまです。
②これらの問題を含めて、直接、前面に立つべきなのは基礎自治体です。しか

  し、国や県の政策や対策が空中戦のように飛び交っていて、市町村の厳しい状

  況を緩和することになるどころか、翻弄されていて疲労感は増すばかりです。

  市町村役場の活動を支援するところにもっともっと目を向けるべきでしょう。
③津波地域における仮設住宅などでは、高所移転などが色々と提案されていま

  す。ども違うのではないかと違和感を感じ始めています。長い歴史の中で、幾

 度も被災しながら苦しみや悲しみを乗り越えて、町を築いてきたのです。津波

 被災地は、限られた平坦地を市街地として形成してきた歴史の重みがありま

 す。復興の考え方は、減災を中心とすべきで、緊急時の警報や避難システムの

 充実を図っていくべきではないか。人間が自然と向き合うということは、その

 豊かな恵みと向き合うことであるとともにその厳しさにも向き合うことです。

 悲しみや辛さを乗り越えるということは、それを消し去ることではないように

 思えてなりません。そして、高台移転かどうかは、最終的にそこで生活やなり

 わいを継続的に続けていく住民の方々こそが決定すべきではないかと思うので

 す。その意味では、究極の自己決定になるのではないかと思います。いま実際

 に家族や友人を亡くされた人たちには申し訳ないのですが、そういう視点か

 ら、復旧や復興のあり方を考えていきたいと思います。
④飯舘村には、私も長い間関わってきました。小学校をコミュニティの核にし
 ようと建て替えや大規模修繕のたびに、色々な提案をし、実現させてきまし

 た。しかし、今回、菅野村長の苦悩を見て、つくづくと考えさせられていま

 す。私たち、専門家たちの果たす役割についての現状の問題です。何が欠けて

 いるかといえば、彼、つまり政策判断の最終決定者が最終決断を下す際の確度

 の高い情報と判断材料です。ディシジョン・メイキングの場面で、彼は混乱さ

 せられているのです。多くの専門家や研究者がそれぞれに諸説を展開します
 が、それらを相対化し、意味づけをし、自治体の執行部がいよいよ決断を下す

 ときの有効な考え方を整理する役割を担ってくれる専門家たちが周りにいない

 のです。これは早急の対応を迫られる課題です。地元の大学として福島大学の

 災害復興研究所の組織はそのような観点が必要ではないかと伝えています。
⑤何とか、福島県では地元の大工・工務店が担う仮設住宅建設の枠組みを一部で

 すが実現しました。これから原発地域の住民をはじめ、その立地場所の選定を

 しなければいけませんが、これも難問です。働きたい人たちの雇用に結びつく

 ことやふるさととの位置関係を考慮しなければなりません。その双方が簡単に

 は結びつかないからです。
⑥これからいくつかの自治体の復興計画に関わっていきますが、いつも心配なの

 は、避難している人たちのことです。スカイプなどを使って、仮役場と避難所

 の人たちを結びつけることや、「ふるさと復興ニュース」の発行などをNPO

 の仲間と準備しています。
⑦福島県の特別な課題、原発問題は、状況の変化によっては半径2、300kmにも及

 びます(チェルノブイリがそうでした)。原発とどう向き合うか、国を挙げて

 も課題ですが、まあ地域問題に封じ込めることもありえます。注意しながら、

 福島県の会議に臨んでいこうと思っています。

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2011年

8月

09日

「強く優しい男の子。優しく強い女の子」

以下,東京新聞8/8付けの電子版に掲載されていた記事。この中に出てくる小学校5年生の女の子は,今野順夫さんの親戚のお子さん。4月に直接,校長先生からお話を聞いた時にも,心のしなやかさに強い衝撃を受けた(鈴木浩)。

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<強く優しい男の子。優しく強い女の子>。宮城県女川町の女川第一小学校の星圭校長が、『泣いた赤鬼』で知られる童話作家浜田広介の言葉を思い出したのは、ある女児の一言がきっかけだ▼津波で八百人超の犠牲者を出し、建物の七割近くが全壊した女川町は、県内で最も早く学校を再開した。「子どものケアは、子ども同士のふれあいに勝るものはない。子どもが元気にならなければ、大人も元気にならない」という考えからだ▼最初の朝礼で何を話せばいいのか。悩んだ星校長は、校木のヒマラヤスギと向き合った。校門近くまで津波は押し寄せたが、巨木はどっしりと構えていた▼なぜ、木は倒れなかったのだろう。そうだ。子どもたちに理由を考えてもらおう…。校長が朝礼で質問すると、男児から「根っこがしっかり張っているから倒れなかった」と予想していた答えが返ってきた▼母と姉、祖母の行方がまだ分からなかった五年生の女児にも同じ質問をした。数十秒の沈黙の後、答えが返ってきた。「何千人もの卒業生や多くの人たちに優しく、温かいまなざしで見つめられてきたから、負けなかったんだと思います」▼優しいから強いという発想に、校長は感動し、言葉がなかったという。被災地がこの震災で受けた打撃は計り知れないが、優しさと強さを併せ持つ若者がいれば、東北の復興は見えてくる。

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7月

27日

持続可能なアジア太平洋に関する国際フォーラム

7月26日パシフィコ横浜で「東日本大震災の教訓~RIO+20につなぐアジア太平洋からの新たな視点」をテーマにした国際会議で、福島からの報告を求められて出席してきました。冒頭の基調講演をした元ドイツ連邦環境・自然保護・原子力安全相(現在、持続性高等研究所所長)のKlaus Topfer 氏に会議の前にお会いし、ドイツにおける脱原発と再生可能エネルギーの導入についての政策展開などについて今後情報交換をさせていただきたいと頼んできました。私のセッションでは、バングラディッシュ、スリランカ、ニュージーランド、タイなどの代表の方々が多かったが、それぞれに世界的な活動を展開している方々ばかりでした。そして災害からの復興をいかにコミュニティ・ベースドで行うかが共通の視点でした。しかし、コミュ二ティそのものの存続が不可能になった福島原発被災エリアではそもそもコミュニティの再生が可能なのかという原点に立ち戻っている。それに対して、専門家や自治体、国などがどんな協働の場を築けるか、すぐにでも取り組むべき課題ではないかと考えさせられました(鈴木浩)。

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2011年

7月

06日

福島県復興ビジョンの提言(最終案)

福島県復興ビジョン検討委員会の最終案がようやくまとまりました。

7/8までにはこのブログで成案を提示するようにします。
7/8には知事に手渡します。その後、およそ20日間のパブコメにかけ
た後に、県の「復興ビジョン」として確定します。さらにそれを受けた

形で「復興計画」を今年中にまとめますが、大きな課題は昨年スタート

させた「総合計画」の基本的な項目の修正作業です(総合計画では原発
と共生と謳っていました)。
この間に、皆さんからたくさんの激励をいただきましたことに深く御礼
申し上げます。
ただ、ご承知のように、福島ではまだ放射線量の拡散が続いており、特
に小さなお子さんを持つ親たちにとっては不安が拡大しています。
正確な放射線量の把握と徹底的な情報公開そして除染活動の飛躍的な展

開を進めるように政府や東電に働きかけていく必要がありますので皆さ

んの引き続くご支援をお願いします。もちろん長期化する避難所や仮設

住宅の過酷な生活をどう人間らしいQoLに近づけるかの課題もまだまだ

続きます(鈴木浩)。

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2011年

6月

15日

第5回福島県復興ビジョン検討委員会

6月15日,第5回復興ビジョン検討委員会において,復興に当っての基本理念(基本方針)が確認された。基本理念は次の3項目である。

 

○「原子力に依存しない,安全・安心で持続的に発展可能な社会づくり」

・今回の災害で最も深刻な被害を受けたふくしまの地においては、「脱原発」という考え方の下、原子力への依存から脱却し、再生可能エネルギーの飛躍的な推進を図るとともに、省エネルギーやリサイクルなどを強力に推進し、環境との共生を図る。

・同時に、多様なエネルギーの組み合わせ等により地域でエネルギー自立を図る多極分散型のモデルや、再生可能エネルギー関連産業などの集積により環境との共生と経済的な活力が両立するモデルを世界に先駆けて提示していく。

・さらに、効率性のみを偏重することなく、交通基盤、情報通信基盤等のハード・ソフトの両面において様々な手段を確保し、万一の際に対応できる、安全で安心な社会を構築する。

・原子力災害を克服し、さらに、子どもから高齢者まですべての県民が安全で安心に暮らすことができる社会をめざす。

 

○「ふくしまを愛し,心を寄せるすべての人びとの力を結集した復興」

・全県が今回の大震災を自らのものとして受け止め、特に被害が大きかった浜通りを中通りや会津が支えていくなどして、「ふくしま」全体で復興を進める。

・県民、企業、民間団体、市町村、県など、県内のあらゆる主体が力を合わせて、県民が希望と意欲を持てる「新生ふくしま」に向けて復興の取組みを進める。

・国内外でふくしまを愛し、ふくしまに心を寄せるすべての人々の力を結集して本県の復興を進める。

・復興の主体はあくまで地域であり、本県の復興は、本県が、そしてそれぞれの地域が主体となって行う。

 

○「誇りあるふるさと再生の実現」

・今回の大震災では、改めて人と人との助け合いの大切さが再認識された。ふくしまの宝である地域のきずなを世界に通ずる価値として守り、育て、そして世界に発信していく。

・避難を余儀なくされた県民がふるさとに戻ることができた日にふくしまの復興が達成されるという思いを県民すべてが共有しながら復興を進める。

・ふるさと帰還の取組みを行う中で、地域のきずながさらに一層高められたコミュニティづくりを進める。

・そして、ふくしまの未来を担う子どもたちが本県に対する誇りを持てるようなふくしまの再生を図る。

 

 この基本理念のほかに「主要施策」も検討されたが,次回に最終的な案文を確認することになった。もちろん,日本に,世界に発信することも重要であるが,福島県民の理解を得ていくことがさらに重要であると思う(鈴木浩)。

 

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2011年

6月

13日

県外避難者の支援体制を早急に

東日本大震災で県外避難者した人の8割は福島県民で、その数は約3万6000人、児童・生徒は1万人にのぼる。

こうした人たちの多くは、警戒区域など30キロ圏内の人だけでなく、中通りなどの人もたくさんいる。

先日東京で県外に避難されている若いお母さんたちから話を聞いた。

30キロ圏という同心円の区域設定は、原発の危険性を考慮したもので、放射能の汚染濃度とは一致していない。飯舘村や川俣町など計画的避難区域などは年間20ミリシーベルトという暫定基準値を超えるとして区域設定されたが、文科省は当初大人も子どもの同じ基準にしていたことが、お母さんたちの不安をさらに高める結果となっている。

若いお母さんたちの多くは、子どもは大人よりも数倍放射能の影響を受けやすいことから、比較的放射能汚染が高い中通りから、「自主的に」避難してきた。しかし30キロという区域設定があるために、様々な被災者支援の制度に該当しない場合も多い。そうしたお母さんたちの多くは、せめて同じ福島県民として圏内外で差別せず、同じように扱ってほしいと願っている。

 

もう一つ問題なのは、そうした人たちの多くが「二重生活」を強いられていることだ。子どもとお母さんは県外にいるが、お父さんは福島に残り仕事をし、週末だけ高速バスなどで家族のもとにやってくる。そのため「二重生活」を強いられ、生活費が余分にかかる。いまは避難所でのくらしであるため災害救助法で食費等の負担はないが、入居期限が設定されているところでは、またホテル・旅館を転々とするか、公営住宅に入るかの選択をしなければならない。公営住宅に入った方が生活は落ち着くが、「二重生活」をしているため、県外での生活費が余分にかかり手立てを失っており、やむなくホテル・旅館を希望するものも少なくない。

 

災害救助法第31条には、「第三十一条  厚生労働大臣は、都道府県知事が行う救助につき、他の都道府県知事に対して、応援をなすべきことを指示することができる。」とあるが、これを発令すれば、県外避難者も避難先の自治体で市民と同様のサービスを受けることができる。ぜひ早急に福島県は厚労大臣に発動を求めるべきではないだろうか。

 

さらに県外避難者が「孤立」しないことが大事である。その点では「被災者台帳」を早急に作成し、ひとつひとつの家族がバラバラにならず、つながりを失わないようにしないといけない。そのために、各都道府県に一か所以上、「県外避難者相談支援センター」のようなものを設置すべきであると思う。

そうした枠組みを作らないと、県外避難者は帰るための条件を失ってしまう。

 

    丹波史紀(福島大学災害復興研究所)

 

 

 

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2011年

6月

12日

県内立地を狙う-汚染がれき最終処分場

マスコミによると6月9日(木)、環境省・南川事務次官が福島県庁で知事と面会し、第1原発で放射性物質に汚染された可能性のあるガレキの処理について、、焼却灰などを埋め立てる最終処分場を県内に建設する考えを伝えたという。「県外にお願いするのは考えにくい」という。福島県内だと考えやすいということか!こういう筋書きは決して想定外ではない。原発事故の周辺部を国有化してはどうかというような議論もあるが、これには上記のような企てが潜んでいると感じていたので、簡単には乗れない。一方で汚染水は、フランスのアルバ社が受注に向けて動いている。東京電力の方針が出される前に、国が事前折衝にくるというのも何とも奇妙な構図だ。原発被害地域の人々が、本当に辛い、苦しい避難生活をしながらも、展望を見失いそうになりながら、いつかふるさとに帰りたいと思って歯を食いしばって、頑張っている。清浄な空気と水と緑のふるさと再生を願って自治体も立ち上がろうとしている。そういう心情や辛い現状をどう考えているのだろうか。環境省も、辛い決断だ、とでも言いそうである。

ただ問題は、福島県内に建設する以外には考えにくいのではないか、という世論操 作が行われていく可能性が大きいことである。ぜひ皆さんのご理解とご支援をお願いしたい。
何よりも人間の生活を原点に据えること、ふるさとを守ること、これが復興の大原則である{鈴木浩)。

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2011年

6月

12日

復興の人的リソース

 昨日6月11日、福島大学震災復興研究所主催で、震災3カ月を期して、シンポジウムを開催した。学内外、県内外から、200名近くの参加者があり、関心の高さを示していた。

 福島県外から県内の避難所に支援に来ていただいている人が、福島県の来年度、教員採用がゼロだということで、同じボランティア学生から、大きな嘆きを聞いた。県外に小中学生が転出していることが理由だが、他県の費用で採用し、福島県に派遣し、福島県に小中学生が戻る時期に、福島県で採用してはどうかとの話であった。

 文科省が、この震災で、被災県に教員定数の加配をしており、岩手県134人、宮城県216人となっているが、福島県については、「福島県においては、児童生徒の県内での転出入や県外への転出が多数あり、それに応じた教育活動再開後の学級数に基づく教職員定数を見極めた上で、国に追加の加配定数を要望することとしており、具体的な要望数が示され次第、速やかに追加の加配措置を行う予定。」としている。

 加配が必要な理由として。「1.校舎等学校施設の損壊が激しく、当該学校の児童生徒が複数の施設に分散しており、教師による手厚い巡回指導等が必要であること。2.家族や住居を失い、厳しい家庭環境に置かれている児童生徒が相当数就学しており、家族(親族)や福祉施設などの関係行政機関との連携・相談・確認等の業務が必要であること。3.今回の被災により、心身の健康の回復のための特別の指導を必要とする児童生徒が相当数就学しており、また学習の遅れを取り戻すために個別の指導が必要であること」を示しているが、福島県からは具体的な加配の要望がないらしい(?)。

 確かに、生徒数から割り出した計算では、教員が過剰と云うことかもしれないが、教育現場からは、教員の加重された労働の悲鳴の声が聞こえてくる。教員志望の学生は、他県の採用試験に向かっている。生徒も教師も減り、県人口の減少の大きさははかりしがたい。

 復興は、ハードな面だけでなく、それを担う人の問題が大きい。復興計画に、そうした観点も大切ではないかと、痛感している。(今野順夫)

 

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2011年

6月

09日

第4回福島県復興ビジョン検討委員会

本日6月9日,第4回福島県復興ビジョン検討委員会が開催されました。懸案であった「脱原発」を基本理念の冒頭に位置づけることでほぼ合意ができました。私なりには,「脱原発三原則」(つくらず,つくらせず,うごかさず)なども頭の中では準備していましたし,議論の過程でそういう考え方でもいいのではないかとも述べました。しかし,これだけの過酷被害を受けた福島県が「脱原発」のスローガンを発信できなければ,県民の信頼や期待はもちろん,世界からも信頼を得られない,などの意見が相次ぎ,この方針は何とか,見通しがつきました。また,これまでの「復興」に関わる議論において抜けおちてきた緊急的な対応についても「応急的復旧や生活再建支援」あるいは遠隔地に離れている「市町村の復興支援」などを盛り込むこともできました。再生可能エネルギーへの転回,雇用創出,子供たちの未来を託せる教育,などを主要施策として議論し,次回までに素案としてまとめることになりました。

それにしても,今回の議論では,2002年12月に発行された福島県エネルギー政策検討会「中間取りまとめ“あなたはどう考えますか?~日本のエネルギー政策~”」において「電源立地地域の将来について」,①発電所の立地は,電源立地地域の将来にわたる振興に寄与できるのか。発電所への依存度が高いモノカルチャー的な経済から自立することが求められているのではないか,②廃炉を見据えた地域の将来を考える時期にあるのではないか,という識見が示されていたことは大きな支えになっています。私自身が,この検討委員会で,ある意味で初心を貫けたのは,このような過去の貴重な議論の積み重ねや多くの皆さんのご意見や励ましがあったからです。引き続き,県民や国民そして関心のある世界中の人びとの大きなうねりの中で,今後の展開を見守っていっていただきたいと思います(鈴木浩)

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2011年

6月

01日

福島県復興ビジョン検討委員会

原発に対する姿勢「ビジョンに盛る」

2011年05月30日

 

 ●県復興・検討委

 震災からの立ち直りと復興を話し合う県復興ビジョン検討委員会が29日開かれ、座長の鈴木浩・福島大名誉教授は、重大事故を起こした原子力発電所に対する姿勢をビジョンに盛り込む方針を示した。7月の取りまとめに向け、「脱原発」と明確に打ち出すかどうかが焦点になる。

 鈴木氏は冒頭、原発について「これからどう向き合うのかを示さないと先に進めない。これが復興ビジョンの基本スタンスになる。重くて苦しい課題だが、腹を据えて考えないといけない」と述べた。

 各委員からは「世界のフクシマとなっている今だからこそ、海外へ『脱原発』と打ち出すチャンスだ」(安部義孝・アクアマリンふくしま館長)など、原発を推進、容認してきた姿勢の転換を求める意見が圧倒的だった。基本方針には、県が太陽光や風力、地熱など再生可能エネルギーを進める考えが明示される見通しだ。

 ただ、「脱原発」と明記するかどうかは温度差がある。懸念されるのは、福島原発に代わる雇用の受け皿だ。県によると、同原発には1万人が働いていたとされる。経済界を代表する立場の福井邦顕・日本全薬工業会長は「危ないから全部出て行ってくれというのは現実問題として抵抗がある。福島は自然エネルギーの最先端をいくという姿勢で臨みたい」と説明した。

 鈴木氏から意見を求められた佐藤雄平知事は「原発は家族を含め3万人を支えてきた。そこをカバーできる経済の仕組みをどうつくるか難題だ」と述べた。

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5/29の「復興ビジョン検討委員会」の 新聞記事です(鈴木浩)

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2011年

5月

31日

原発汚染水の処理

G8での首相の立ち位置やそれ以前のフランス大統領とアルバ社の社長などの訪日に疑問を感じていた。その根底にあると感じていた同じ問題意識を友人のブログでも以下のように表明されていた。

「フランスのアルバ社に放射性物質で汚染された東電福島第一原発の20万トンの水処理を『頼んだ』という情報があるが1トン1億円、20万トンなら20兆円となるわけで、それを税金でやるなんて国民は許さない。
それの10分の1位で日本企業が放射能汚染水処理技術を開発、確立すべきだし、日本の技術力をもってすれば可能であろう。」

やはり,東日本大震災の復興プロセスにおける政治や経済における「正義」をきちんと問い質していかなければ!上記のような問題を国民的な議論にしていく必要があると思っている(鈴木浩)

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2011年

5月

30日

東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター発足

5/29,400人の参加を得て,「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」が発足した。神戸大学・塩崎賢明さんが「東日本大震災のよりよき復興のために」と題して記念講演をしている。私はこの間,今回の震災の大きな特徴として①震災自体の特別な特徴(広範な範囲,地震・津波・原発などの複合性など)とともに,②経済的低迷,政治的混迷,社会的不安というわが国の特別な状況の中で発生していること,したがって,これらの深刻な状況をも切り拓く復興過程を辿るのか,さらに混迷を深めるような状況の中での困難な復興過程を辿るのかの大きな分岐店に立っていると言ってきました。よりよい復興のためには,やはり住民の側からの運動と行政とのいい意味での緊張関係が復興過程をより豊かなものにしていくと確信しています。福島でも,そして岩手でも,このような市民運動が広がり,そして東北が連帯しながら復興に向けての声を束ねていければと期待しています(鈴木浩)

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2011年

5月

30日

第3回福島県復興ビジョン検討委員会

5/29,第三回福島県復興ビジョン検討委員会が開催された。私も冒頭に①原発に対するスタンスを明確にしないと前にも後ろにも進めないこと,②復興ビジョンであるが,復興に辿り着く前の避難生活やその段階での生業や仕事確保,健康維持などについての対応が復興過程での県民のエネルギーに繋がること,などを提起した。まだ避難所生活や仮設住宅生活を強いられている方々,被害を受けた方々,放射線災害で不安を抱いている方々,そして県内の各自治体や商工農団体,可能な限り多くの皆さんの意見を反映した復興ビジョンの作成に関わって行きたいと思う(鈴木浩)。

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2011年

5月

14日

福島県復興ビジョン検討委員会

5月13日,第一回福島県復興ビジョン検討委員会が開催された。11名の委員で構成されている。第一回であり,予め委員から寄せられた復興ビジョンの理念や主要な施策などについて,一人ひとりが発言し,意見交換した。皆さんの発言で印象的なのは,やはり「脱原発」,「自然エネルギー」,「クリーンエネルギー」などへの志向である。私は,今回の震災において,復旧復興過程の初動期とも言うべき緊急避難生活が長期化する恐れがあり,この時期の対応に目を向けることが大事であることを特に提起した。そして復興は,人々の生活や地域社会の再構築,そして地域経済の再生が基本であることを発言した。7月中には「復興ビジョン」を決定し,今年中には「復興計画」決定というスケジュールである。福島県の抱える問題に適切に対応できるビジョンの策定ができればと思う

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2011年

5月

06日

ワンパック相談会

相談の多くは原発・放射線問題
相談の多くは原発・放射線問題

2011/5/3

 神戸大・塩崎賢明さんと弁護士の斎藤浩さんが代表の阪神・淡路大震災の復興に携わった経験のある専門家集団が、5月3日、福島市内のあずま運動公園体育館の避難所で「ワンパック相談会」を実施しました。広原盛明さん、間野博さん、平山洋介さん、杉原五郎さん、野崎隆一さんなどの建築関係者の他に、弁護士、京都大・原子炉実験所の教授など、多彩な面々。そして、福島大学の同僚だった佐藤岩夫さん(現東大社会科学研究所教授)も同行していて久しぶりの再会。この避難所には、原発事故の地域からの避難者が多いこともあって、相談の多くは原発や放射線汚染についてだったようだ。こういう連携がこれからも続けていけたらと思う。

 

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2011年

5月

01日

女川を空から

水没する中心市街地(画面をクリックすると拡大)
水没する中心市街地(画面をクリックすると拡大)

2011/5/1 第1回女川町復興計画策定委員会

第1回ということで、女川の津波被害を空から視察した。この写真は女川の中心市街地、港町の景観である。地盤が1.5m程沈下しているので、満潮時間に撮った港近辺は水没している。委員会では、漁業と観光の町・女川の復興のためには水没した市街地の嵩上げが大きな課題であるとの提起があったが、今後議論していくことになる(市街地の残骸跡を回ると、鉄筋コンクリートの建物がそのままの形を残しながら、横倒しになっていて基礎の底盤がそのまま壁のようになっている姿をいくつか見た。宮城県沖自身や阪神大震災を見て回ったときには体験しなかった光景である)。

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2011年

4月

26日

復興支援活動の地域的偏在?

2011/4/26 都市計画学会の座談会が東北大学であり参加してきました。

北原さん(弘前大)、南さん(岩手大)、山口さん(秋田県立大)、姥浦さん(東北大)、奥村さん(東北大)、増田さん(東北大)、鈴木さん(宮城大)、相羽さん(山形芸工大)、鈴木(福島大)、そして司会の宮田さん、の10名でした。

 都市計画学会誌の特集号を飾る座談会とのこと、色々な論点が出されて面白い座談会でした。しかし、特集号の目次などをみて疑問になったのは、やはり原発災害との関連の課題に対する視点が弱いことでした。都市計画の専門分野からは難しい課題なので、というコメントがありましたが、そういう問題の立て方では、今回の東日本大震災の本質的な課題に肉薄できません。原発災害が典型ですが、今回の特徴は復旧・復興に大変な時間を要すること、避難所生活を強いられている人々や仮事務所で対応をしている自治体機能のあり方など、極めて困難であるけれども厳然たる課題が突きつけれているのです。ぜひ、多くの都市計画や建築の専門家の方々が、原発災害地域の課題についても、取り組んでほしいと願っています。

 多くの都市計画専門家や建築家などが、支援活動を活発に繰り広げるようになってきています。その多くが岩手、宮城になっていると感じるのは、ひがみでしょうか?私たち福島大学や福島県・県下の市町村などの取り組みやアピールを積極的に進めていかなければならないでしょうし、今後の展開を注意深く見ていくことにしましょう。

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2011年

4月

24日

復旧・復興に向けて

N様   2011/4/24

4/15にメールを頂いているのに、ご返事が遅れました。
いくつかの課題がはっきり見えてきました。
①復旧・復興の議論とともに、並行して進めなければならないのは避難生活の悲 

  惨な状況に対して、生活支援のシナリオをしっかりと持つことです。日々課題

  が変わってきているなかで困難を極めていますが、目がどうしても復旧・復興

  に向いています。プライバシーの問題、健康障害など二次災害を防止する対

  策、働きたいと思っている人たちに働く場所の開拓、仮設住宅への展望の相談

  など、さまざまです。
②これらの問題を含めて、直接、前面に立つべきなのは基礎自治体です。しか

  し、国や県の政策や対策が空中戦のように飛び交っていて、市町村の厳しい状

  況を緩和することになるどころか、翻弄されていて疲労感は増すばかりです。

  市町村役場の活動を支援するところにもっともっと目を向けるべきでしょう。
③津波地域における仮設住宅などでは、高所移転などが色々と提案されていま

  す。ども違うのではないかと違和感を感じ始めています。長い歴史の中で、幾

 度も被災しながら苦しみや悲しみを乗り越えて、町を築いてきたのです。津波

 被災地は、限られた平坦地を市街地として形成してきた歴史の重みがありま

 す。復興の考え方は、減災を中心とすべきで、緊急時の警報や避難システムの

 充実を図っていくべきではないか。人間が自然と向き合うということは、その

 豊かな恵みと向き合うことであるとともにその厳しさにも向き合うことです。

 悲しみや辛さを乗り越えるということは、それを消し去ることではないように

 思えてなりません。そして、高台移転かどうかは、最終的にそこで生活やなり

 わいを継続的に続けていく住民の方々こそが決定すべきではないかと思うので

 す。その意味では、究極の自己決定になるのではないかと思います。いま実際

 に家族や友人を亡くされた人たちには申し訳ないのですが、そういう視点か

 ら、復旧や復興のあり方を考えていきたいと思います。
④飯舘村には、私も長い間関わってきました。小学校をコミュニティの核にし
 ようと建て替えや大規模修繕のたびに、色々な提案をし、実現させてきまし

 た。しかし、今回、菅野村長の苦悩を見て、つくづくと考えさせられていま

 す。私たち、専門家たちの果たす役割についての現状の問題です。何が欠けて

 いるかといえば、彼、つまり政策判断の最終決定者が最終決断を下す際の確度

 の高い情報と判断材料です。ディシジョン・メイキングの場面で、彼は混乱さ

 せられているのです。多くの専門家や研究者がそれぞれに諸説を展開します
 が、それらを相対化し、意味づけをし、自治体の執行部がいよいよ決断を下す

 ときの有効な考え方を整理する役割を担ってくれる専門家たちが周りにいない

 のです。これは早急の対応を迫られる課題です。地元の大学として福島大学の

 災害復興研究所の組織はそのような観点が必要ではないかと伝えています。
⑤何とか、福島県では地元の大工・工務店が担う仮設住宅建設の枠組みを一部で

 すが実現しました。これから原発地域の住民をはじめ、その立地場所の選定を

 しなければいけませんが、これも難問です。働きたい人たちの雇用に結びつく

 ことやふるさととの位置関係を考慮しなければなりません。その双方が簡単に

 は結びつかないからです。
⑥これからいくつかの自治体の復興計画に関わっていきますが、いつも心配なの

 は、避難している人たちのことです。スカイプなどを使って、仮役場と避難所

 の人たちを結びつけることや、「ふるさと復興ニュース」の発行などをNPO

 の仲間と準備しています。
⑦福島県の特別な課題、原発問題は、状況の変化によっては半径2、300kmにも及

 びます(チェルノブイリがそうでした)。原発とどう向き合うか、国を挙げて

 も課題ですが、まあ地域問題に封じ込めることもありえます。注意しながら、

 福島県の会議に臨んでいこうと思っています。

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