Ⅰ.2011東日本大震災の特徴

①わが国でかつて経験のないほどの強さと広域に及ぶ震災をもたらしたこと。

 

・南北500km、東西200kmという広範囲の震源域をもった地震であり、引き続く余震の範囲もそれに沿ってかなり広範囲であり、また震度5を超えるものも多い(20011年3月23日現在、震度4以上69回、M5以上343回、うちM6以上59回)。

 

・今回の地震で最大震度を記録した宮城県栗原市では、実に2933ガルという加速度強度であった。物が落下する時に働く加速度は980ガルでこれを1G(ジー)という。実はこの3倍強の加速度が働くような地震だった。

 

・地震の揺れも長く、激しい揺れは2分、本震全体の揺れは6分に及んだ。

 

・その後の頻発する余震も加わって、建物の倒壊やインフラなどの被害などが広範にもたらされた。

 

・マグニチュード9.0は、わが国では経験のない、世界史上4番目に強い地震である。
因みに、

1923年 関東大震災 M7.9 

1978年 宮城県沖地震 M7.4

1995年 阪神・淡路大震災 M7.3 

2000年 鳥取西部地震 M7.3

2003年 十勝沖地震 M8.0

2004年 中越地震 M6.8

などである。

 

また、世界の巨大地震は、

1960年5月 チリ地震 M9.5(死者1,655人)

1964年3月 アラスカ地震 M9.2(死者125人)

2004年12月 スマトラ地震 M9.1(死者227,898人)

1952年11月 カムチャッカ地震 M9.0

が今回と同じ規模である。
・これらの結果、北海道、青森県から千葉県まで南北500kmに及ぶ広範な災害をもたらした。

②地震そのものの被害だけでなく、津波被害、そして原発被害というトリプル災害とでもいえる、極めて深刻な複合的な被害をもたらしたこと。

 

・これまで岩手県から宮城県にかけてのいわゆる三陸地方は、津波との長い闘いの歴史を辿ってきた。そして堅牢な防潮堤や防波堤の構築を進めてきたのだったが、それらが無残にも破壊され、地方都市や漁村集落を跡形もなく流し去った。それに加え、今回の津波被害は、いわゆるリアス式海岸といわれる入り江型の地形だけでなく、平坦な海岸線を形成しているような地域や集落などをも襲った。

 

・今回の原発被害はわが国では未曾有の事態であり、放射能汚染の危機と背中合わせの緊張が今なお続いている。その間にも、放射線が放出し、立地地域はもちろん、首都圏を含む広範な地域にまで安全と安心を脅かす事態にまで至っている。

 

・そして、3月23日現在(政府発表)

死者 9,523名

行方不明 16,067名

負傷者 2,755名

建物全壊 18,324戸

同半壊 5,090戸

同流失 1,165戸

という大きな被害をもたらされ、なお行方不明者の捜索が続けられている。

 

③わが国における経済的低迷,政治的混迷,社会的不安の中で生じた大災害であり,今後の復旧・復興に大きな影響を与えていくことが予想されること。

 

・2008年世界的な金融・経済危機以降わが国の経済は立ち直りを見せていないし,それどころか失業率や生活保護世帯数の高い水準での推移が続いている。そして経済的な地域的格差がさらに拡大し,あおりを受けている地方都市や農山漁村を襲った大震災であった。

 

・相次ぐ混乱を巻き起こす民主党政権,政治的な駆け引きに終始する野党勢力など,国民的な喫緊の課題への誠実かつ真剣な対応の見えない国会運営,さらに言えば,今回の福島原発災害の危険性が国会でいく度か議論されていたにも関わらず,「安全神話」を振りまき,今回の深刻な事態を招いてきた政府,などなど,国民的な信頼を著しく損なってきた政治的な混迷の中での大災害であること。

 

・さらに,わが国は国民生活における安全・安心が著しく損なわれ,ワーキングプア,ウェルフェアプアそしてハウジングプアという深刻な事態に直面している。そして人口減少・高齢社会は地域偏在傾向を強めながら,特に地方では深刻な事態に直面している。こういう深刻な事態に直面した地方都市や農山漁村が大きな被害を被った大震災であった。

 

・これらの経済的・政治的・社会的な混迷の中で発生した大震災に対して,どのように立ち向かっていくのか。今後の震災対策が,相変わらず混迷を続ける政治的な状況のなかで推移するのか,新たなわが国の方向を見出すような状況をつくりだす契機になるのか,その分岐点にあるといってよい。

 

・災害地域における人びとの取り組みはもちろん,支援する全国の地域社会や自治体,そして国民的な運動が上記のような分岐点において,未来を切り拓く方向性に導いていけるかどうかにかかっている。